Archive for the ‘日記帳’ Category
アボガトとマグロのユッケを作ってみた!
水曜日, 12月 12th, 2012
最近、カフェなどでアボガドを使ったメニューが若い女性を中心に人気を呼んでいるそうです。
ある渋谷の人気カフェで、一番売れているメニューがアボガド&マグロ丼だそうです。
ヘルシーで健康効果が高いとは言われていますが、そんなに健康に良いのかなと疑問に思っていました。
気になってアボガドのことを調べてみたら、デトックス効果が高いことがわかりました。
解毒効果の高い「グルタチオン」が含まれている食品なのです。
薬局でグルタチオンは解毒剤として販売されているのを、偶然見たことがあります。
グルタチオンとは聞きなれない名前ですが、正体はアミノ酸です。
グルタミン酸、システイン、グリシンという3つのアミノ酸が結びついたものだそうです。
実は私はアボガドの味が苦手だったのですが、デトックスにすごく関心があるんです。
なんだか無性に食べたくなって、近所のスーパーで探してみることにしました。
しかし、アボガドってなかなか売っていませんよね。
三軒スーパーを回って、やっと見つかりました。
実は私、病気が原因で車椅子生活を送っています。
1人で走り回ったわけではなく、家族に車椅子を押してもらっています。
私の買い物に付きあわせてしまっているので、悪いなーとは思いました。
が、退院祝いも兼ねて、快く付き合ってくれていました。
本当に家族には感謝です。
しかし三軒目のスーパーでアボガドが見つかってほっとしたのもつかの間、味付けを調べ忘れたことに気がつきました。
こういう時に役に立つのが、レシピサイトのクックパッドです。
スマホで料理法を調べながら、買い物カゴに足りないものを入れていきました。
いろいろ迷って、マグロとアボガドのユッケにすることにしました。
材料を切って混ぜるだけだったので、意外と簡単でした。
車椅子でフライパンを使った料理は、台所と車椅子の高さが合わないのでやりにくいです。
けれど、材料を切って和えるという工程だけなら、私にもできます。
味もヘルシーでさっぱりしていて、家族にも好評でした。
車椅子でも、できる料理のレパートリーが増えました。
こうして一つ一つ生活の中で出来ることが、見つかっていけばいいなと思います。
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肉食系女子の弊害って?
日曜日, 12月 9th, 2012
最近、肉食系女子という言葉が流行しています。
恋愛に積極的な女性のことを示していて、海外ドラマ「SEX AND THE CITY]の登場人物がモチーフになっているとも言われています。
しかし、肉食系女子の弊害が指摘されつつあります。
その時の成り行きや雰囲気に任せて、相手と性交渉に及んでしまうことです。
相手が特定せず、セフレがいたり、不特定多数の場合もあるでしょう。
もちろん、そのことを批判したいのではありません。
心配なのは、性感染症です。
不思議な事に、性に奔放な女性ほど「私は大丈夫だ、関係ない」と自信を持っている人が多く、検査をしないのです。
しかし、数々の恋愛を経て、結婚して妊娠した時・妊娠を望んでいる時に性感染症が発覚するケースが問題になっているのです。
性感染症はあまり自覚症状が出ないものもあり、発見時には感染症が進行している時があるのです。
予防のために国や自治体が無料の検査を行なっています。
簡易検査で、項目も限られていますがこまめに受けておくとよいでしょう。
匿名・無料で健康保険証が不要なことがほとんどです。
しかし、検査時間帯は平日のお昼間で、仕事の時間帯と重なって行けない人も多いでしょう。
都市部には、土日・夜間で同じく無料・匿名で実施している機関があります。
インターネットで検索できるので、心当たりがある人は足を運んでみるとよいでしょう。
特にAIDSは、パートナーをも生命の危険にさらしてしまいます。
結婚し、妊娠を希望する場合、避妊具なしで性行為を行うことになるからです。
私は恋愛経験も、付き合った人数も少ないタイプです。
恋愛経験豊富な友人を、憧れの目で見ていました。
しかし、不特定多数の男性と付き合っていた友人が性感染症にかかったのです。
彼女自身、たまたま別の病気の検査をして見つかったようなので大事には至りませんでした。
彼女もこれがAIDSだったら自分はどうなってたんだろう、と真っ青になっていました。
恋愛スタイルは個人の自由ですが、取り返しのつかないことになってからでは遅いのです。
しっかりと避妊や性感染症対策をした上で、恋愛を楽しみたいものですね。
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自動車免許を取りに行こう!
木曜日, 12月 6th, 2012
私は、28歳の時に病気が原因で手足の機能の一部を失いました。
自宅で病気療養をしていましたが、最近、車椅子で職業訓練に通い始めました。
自宅から電車で3駅ぐらいのところにある、障害者向けの訓練施設に通うことになりました。
健康な時だったらなんでもない距離だと思うのですが、車椅子になると大変です。
まず、朝の通勤ラッシュ時に車椅子は迷惑になってしまいます。
乗ってはいけないという決まりがあるわけではありませんが、混雑した車内に車椅子が入るのはまず無理でしょう。
私は車の免許を持っていないですし、そもそも車椅子ごと乗れる車両が家にありません。
結局、市バスを3回乗り変えて訓練施設に通うことにしました。
朝のラッシュで多少混雑していますが、電車ほどではないからです。
しかし、車椅子が乗れるノンステップバスが来る時間帯は限られています。
加えて乗り継ぎがうまくいかず、電車の倍近くの時間がかかってしまうのです。
正直なところ、ラッシュ時に車両の一部に車椅子専用スペースは欲しいところです。
乗る電車の時刻が決まっている人は、予約できたら便利だろうなと思ったりします。
車椅子ユーザー同士で「車両の連結部分に車椅子スペース作れないのか」とよく話します。
実際には難しいとは思いますが、実現したら喜ぶ人が増えるのではないでしょうか。
いずれは車椅子で一般企業に就職したいと思っています。
電車通勤が難しいので、会社の徒歩圏内に住むしかないかもしれません。
企業のビルは大体が都心や中心街にあるので、物件の数は限られていますし、家賃も高いでしょう。
やはり、車で職場に通うのが現実的でしょう。
職業訓練が終われば、車の免許を取りに行こうと考えています。
関東に障害者専門の教習所があるそうです。
関西在住の私は、教習所内にある寮で過ごしながら、免許を取ることになります。
しかし、車椅子ユーザーが働くには免許は必須です。
将来のために、関東まで免許を取りに行こうと思います。
福祉車両を変える日が来るのはいつになるのかわかりませんが、いずれは欲しいです。
たとえ車椅子であっても、車を運転できれば行動範囲がぐんと広がります。
近い将来、必ず免許を取って、ドライブに出かけたいと思います。
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婚活に疲れる女性が増えている?
水曜日, 12月 5th, 2012
「婚活」という言葉が、幅広い世代に浸透しています。
しかし、今、「婚活疲れ」が問題になってきているだそうです。
例えば、婚活の一環として結婚相談所に登録した場合。
お見合いパーティーに参加したり、データで送られてきたお相手と一対一で会ってみたり。
幸せな結婚に向けて、いろいろな「活動」をしないといけません。
しかし、一生連れ添うパートナーが決まるかもしれないので、緊張の連続でしょう。
相手にどのように思われているのか、いい印象を与えているのか、非常に気になります。
また、自分自身が、どうしても相手の条件のチェックにシビアになります。
婚活疲れの原因は、パーティーやお見合いによる緊張続きの日々にあるのではないでしょうか。
女性はもともと恋愛結婚願望が強いものです。
愛する男性と結ばれたいと思う人ほど、相手の釣書や条件ばかりを重視する婚活に違和感を感じてしまうのです。
婚活疲れから、恋活に走る女性が増えているという雑誌記事を読みました。
確かに婚活に疲れてしまう女性の気持ちはわかる気がします。
しかし、恋活ってなんだろう?と疑問に思ってしまいました。
恋活とはいろいろな定義があるようなのですが、ネットなどで出会いを探すことが中心だそうです。
フェイスブックを使って、ランチ相手を探して出会いを求めるソーシャルランチなども広い意味で含まれるそうです。
どんどん社会が変化して、いろいろな恋愛のスタイルが生まれていってるんですね。
ガツガツした印象さえある婚活より、恋活の方が軽い気持ちで楽しめるのかもしれません。
特にソーシャルランチは、昼ご飯を食べに行く気軽な出会いのスタイルです。
若い世代だけではなく、婚活に疲れた女性にもぴったりかもしれません。
ふと、電話で祖母に婚活をどう思うか、聞いてみました。
てっきり「最近の若い人は・・」と批判すると思っていました。
すると、「今の若い人は大変だね」という答えが返ってきたのです。
意外に思って訳を聞いてみました。
祖母が若い頃は、適齢期になると近所の世話役の人が縁談を自然に持ってきてくれたそうです。
だからわざわざ婚活なんてしなくても、待っているだけで結婚できたといいます。
今の人は恋愛の自由もあるけど、わざわざインターネットまで使わないといけないなんて苦労するねと笑っていました。
それを聞くと、「今の若い人達は大変」という祖母の言葉に妙に納得してしまった私です。
でも、結婚はゴールではありませんよ。スタートなのです。
そのあとの苦労だっていろいろあります。
例えば浮気とか。
知り合いの方が先日、パートナーの行動を不信に思い原一探偵事務所という所に浮気調査を依頼していました。
その結果、相手の方は浮気していたようです。
結婚をするなら幸せの暮らしが出来るよう、目先だけではなくその先を見据えてくださいね。
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1日2回のお風呂
月曜日, 11月 26th, 2012
地区放送で「節水にご協力ください」というアナウンスが最近よく行なわれています。今年は雨が少ないようで、水が足りていないようです。
公園の蛇口には立て札がありました。「蛇口の閉め忘れにご注意を」と。これも最近立てられたものです。中には使用禁止になっている場所もありました。公園では水を無駄に使ってしまう子どもがこれまで多く目に付いていましたから、それはそうでしょうね。
川や用水路の水位も明らかに減っていました。酷い用水路では水がちょろちょろと流れる程度でした。普段は泳げるくらいに溜まっている用水路の水の変化を見ると、水不足感を大きく感じることができました。
そんな水不足の状況ですから私も、家では節水を心がけるようになりました。といっても、できることはそう多くもなく、せいぜいこれまで1日2回お風呂に入っていたのを1回にしたくらいです。
私は朝と夜の2回お風呂に入るのがこれまでの日課でした。朝の目覚めと共にお風呂で体を起こし、夜は1日の疲れを取るために。2回お風呂に入らないと、1日元気に過ごせないのです。
今は仕方なく朝のお風呂を削っていますが、やはり元気が出にくくなって困っています。特に午前中に元気がなくて困ります。頭が働かないのです。
正確には、頭はしっかりと働いているのですが、朝もお風呂に入ればもっと頭を働かせられるといったところです。私はやることはちゃっちゃと済ませたい人間なので、いつもより長く仕事に時間がかかってしまうのは、だらけているようで嫌なのです。
どうしても1日2回お風呂に入りたい場合は、朝のお湯を夜までとっておきます。そうすれば水の節約になりますから。でも本当は、毎回綺麗な湯船に浸かりたいので朝夜お湯を変えたいというのが本音です。
シャワーでも駄目なんですよね。シャワーだと、体の内部を温める効果が弱いのです。湯船に使って体の真から温めないと、元気にならないんです。
でも、1日2回もお風呂に入りたいなんていうのは、本当にワガママな欲求なんでしょうね。世の中には1日1回もお風呂に入れない人もいるのですから。
そう考えると、今回の節水を切欠にお風呂のありがたみというのをもっと大きく捉え、必要以上にお風呂に入るという選択を避けるようにしたほうがよいのかもしれませんね。
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雑草の素晴らしさ
土曜日, 11月 24th, 2012
いつも同じところをジョギングしていると、飽きが生じてきてしまうものです。そこで私は時折、あえて田んぼのあぜ道を走ったり草むらを走り抜けてみたりと面白い工夫をしてみたりします。
走りにくいですが、これが結構楽しいのです。車では絶対に通れない道ですから、自分が知っているエリアでも、人の足でなければ進めない場所へと進路をとると、思いがけない発見が成されたりするためです。
「お、こんなところにでるんだ!」「こんなところに池があったのか!」など、新しい発見が出来ると、自分の住んでいる土地はまだまだ知らないところがたくさんあるのだなと考えさせられてしまいます。
休みがあるとみんな車に乗って遠くに出かけてしまうものですが、たまには近くをジョギングやらサイクリングで周ってみるのも悪くないですよ。想像以上に自分の住んでいる土地は面白さを秘めていると絶対に気がつくはずですから。
私はこうやって近所を探索をするのが好きなのですが、探索するたびに1つ問題を生じてしまいます。それは、草むらに入るたびに雑草の種が体中についてしまうことです。
特に脚にはびっしりとついてしまいます。草むらから出ると脚が緑色一色に染まっているなんてことはしょっちゅうです(笑)。大抵の種は手で払えば取れてしまうのですが、中には1つ1つ丹念につままないと取れないというしつこい種もあり、困ってしまいます。
このような雑草の種は厄介なものですが、ある意味感心もしてしまいます。自らの種を広めて生き長らえるために進化したということですから、それは素晴らしいものです。
草たちがそのような進化を辿ったということは、草にも生存本能がしっかりとあるという証拠です。それが働いて、種を第三者に運んでもらうことを考え付いたという事は、自然の神秘です。
人間にはそのような進化は見られません。何か不備が生じれば自らの体ではなく、道具に頼ってしまいますから。そう考えると人間の生存本能というのは、自然の中に生きる生命と比べたら足下にも及ばないことでしょう。
小学生の頃、理科の先生が雑草の素晴らしさについて力説していたことを思い出しました。「雑草のような人間になりなさい」と先生は言っていました。今、その意味がよく理解できます。雑草のようにひたむきに成長しなさいという意味だったんですね。
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久々のジョギングコース
金曜日, 11月 23rd, 2012
運動不足が目立ってきたので再開することにしたジョギング。今日は久しぶりのジョギングウェアを着込み、シューズを履いて、昔よく利用した土手沿いのジョギングコースへとクルマで向かいました。
ジョギングコースは昔より綺麗になっていました。2年前まで利用していた頃は、コースの周りは更地で面白みのない風景でしたが、今ではレンガの花壇やお洒落な柵が建てられており、木や花が植えられていて眺めの良いジョギングコースへと変貌していました。
綺麗な風景の中走るのは気持ちが良いものです。緑というのは特に不思議なリラックス効果がありますからね、走る足どりも心なしか弾んで楽しくなってきます。
しかし走り始めて約3キロほどいくと、ジョギングコースが工事中で途絶えてしまいました。どうやらこの綺麗に変貌したジョギングコースはまだ未完成だったようです。
コース利用者のために迂回路が提示されていました。車の往来が多い国道脇に出てくださいとのことでした。
私はこれが嫌でした。車の脇を走ると排ガスの匂いや走行音が気になってジョギングが楽しく行えないのです。それに、その道は自転車も多いので集中して走ることもできません。
もと来たコースを引き返そうかとも思いましたが、工事地図を見ると、どうやら1キロほど走ればまたジョギングコースが使えるようでした。なので私は、ジョギングコースの迂回路はとらず、逆方向の草が生い茂る中を一旦抜けて川側の土手に下りて走ってみることにしました。
川を真横に捉えてのコースは気持ちが良かったです。背の高い雑草がまばらに密集しているところをみると、滅多に人がここへと降りてはこないことを想像させました。こんな場所まで来る人は釣り人か、私のような人間くらいでしょうから。
草むらを避けながら川に沿って走ること約1キロ。土手を登ってみるとジョギングコースの工事エリアを抜けていました。コースに戻り、走り続け、今日は合計10キロほど走りました。
今日のジョギングで感じた事は2つ。1つ目は、自然の中を走るのは気持ちが良いことです。綺麗に整えられたジョギングコースも良いですが、川沿いの雑草が生茂る中もワクワクして楽しかったです。
2つ目は、やはり整備された道を走るほうが足に優しいということです。楽しかったですが、雑草を避け、凹凸を足に感じながら走った川沿いの道は、想像以上に足に疲労を溜め込んでしまいましたから。
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恐ろしさと美しさは紙一重
水曜日, 11月 21st, 2012
買い物に出かけた途中、土手沿いに作られた公園が真っ赤な花に染められているのが目に入り、つい寄り道してしまいました。
公園を染めていた花は彼岸花。真っ赤で綺麗な放射状の花で、開花時には葉が1つもなくて茎が一本ぴょんと伸びているのが特徴。異質な特徴で普通の花とは違った魅力を秘めていますね。私もつい目を引かれてしまいました。
しかし、名前が彼岸花というだけあり、一面にこの花が広がっている光景をずっと目にしていると、美しさの中に恐ろしさも感じてきてしまいました。多くの人は「綺麗な花ね」と観て周る中、私は恐ろしさの方が気になってしまい、その場を後にしてしまいました。
家に帰ってこの彼岸花を調べてみたのですが、どうやら子のは名の名前の由来は彼岸の時期に咲くからという理由のほかに、強い毒性を持っていることから、死を招く恐ろしい花という意味からも彼岸花と名付けられているそうです。
彼岸花を誤って口にしてしまった場合、吐き気や胃腸の不調があらわれ、最悪麻痺症状を起こして命を落としてしまうとのことです。別名は死人花や地獄花、幽霊花といった名でも呼ばれるくらい、人の死にまつわる花のようです。
そんな恐ろしい花を「綺麗な花ね」と鑑賞するというのは、少々可笑しな風潮だという気さえしてきてしまいました。
人って、こういう恐ろしさと美しさの両方が感じられるものを好むという異質な特徴が結構ありますよね。怖いもの見たさというのにも通じる気がします。
例えば、ジェットコースターやおばけ屋敷なんかがそうです。怖いのになぜか自ら挑むなんて、普通に考えたらありえない行動です。TVの心霊現象番組なんかもそうです。事故映像なんかもつい観てしまいますよね。
こういう人間特有の異質な特徴は、ほどよければ人畜無害であるのですが、行き過ぎるとそれは犯罪行為に発展してしまうものです。それを考えると、恐ろしいもの怖いものを、美しい楽しいといった感情と結びつけるのは、良い風潮では無いような気もしてきます。
まぁ、正常な人間であれば犯罪と犯罪にならない線引きがしっかりとできているものですが、昨今は情報が大量に溢れていてそれが子どもの時分から目に耳にされてしまうものですから、正常な線引きができない人がどんどん増えていると感じられます。
それが今後、犯罪を増やす大きな原因とならなければ良いのですが……。
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用水路を辿って
火曜日, 11月 20th, 2012
今日は休日でした。
天気が良く、家の中で過ごすのは勿体無いので久しぶりにバイクで走ろうかと思い、家を飛び出しました。バイクといっても小さなカブですけれどもね(笑)。
最初は目的もなくふらっと走って道の駅でまったりしようかくらいしか考えていませんでしたが、途中で面白いことを思いつきました。
「用水路沿いを走ってみようか」
走っていて見かけた見沼代用水。埼玉から都内に向けて利根川の水を運ぶ重要な用水路で、これを辿って利根川まで行ったら面白いかもと思ったのです。
ちょっと走るつもりが、思わぬ目的ができてワクワクしてきてしまいました。こんな明確な目的を持って走らせるのは本当に久しぶりでしたから。
用水路を辿るといっても、それは簡単なものではありませんでした。所々走行できない場所もあり、その都度迂回して用水路沿いに戻っての繰り返しでしたから。
途中道に迷ってしまい、急遽コンビニで埼玉県の地図を購入しました。購入した地図で用水路と同じ方向に向かっている道を探しながら走り、気がついたら2時間。ようやく見沼代用水のはじまりである利根大堰に到着しました。
見沼代用水をはじめ、埼玉用水路や葛西用水のはじまりである大きな水門を見た時は思わず感動してしまいました。「ここから自分が住んでる町まで水が運ばれているんだなぁ」と。
理屈では分かっていても、そういうことって普段はなかなか感じることができませんからね、今回なんとなく思いついただけで用水路を辿ってしまいましたが、とても良い経験を得ることができました。
走った道も、車の往来が少ない細い道であったのがまた良かったですね。時にはクルマが通れないほどの道もあり、そのようなところをカブで徐行程度の速度で通るのは気持ちが良かったです。こういうのは小さな二輪特有の醍醐味ですからね。
ただ、50ccのカブではいささか辛かったです(笑)。クルマがほとんど走っていない道であれば問題はありませんが、ちょっとでもクルマが走ってる道に出るともう怖くて怖くて。
カブはカブでも、90ccか110ccくらいの排気量モデルが欲しいなぁと感じてしまった今日でもありました。今後も今日のようなゆるいツーリングを楽しみたいので、乗換えもありかな?
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働けるのに働かない?
土曜日, 11月 17th, 2012
働けるのに働かないという行為は罪となるのか? その答えは罪のようです。それも法律で犯罪行為として認められてしまうようです。
ある男性が数ヶ月間、仕事もせずに収入も無く住居不定の状態でうろついていたところ、軽犯罪法違反で現行犯逮捕されてしまったというのです。逮捕された理由は、誰かや何かに直接的被害を与えたのではなく、自身の生き方が問題となったためです。
昨今は不正な生活保護制度利用なども目立っていることから、今後はこのような厳しい対処が増えていくのかも知れません。今回の逮捕のような働けるのに働かないという行為が犯罪行為として広まれば、不正して楽に生きようという甘すぎる考えを持つ人も、考え改めることにもなるでしょう。
「働け!」と、尻を叩く行為は良いことだと思います。今は「なんとかなるだろう」という考えで生きている人が驚くほど多いですからね。そもそも「なんとかなる」と言ってよいのは、なんとかしようとしている人が言うべきものです。何もしないで言っているのは、単に堕落しているだけです。
そもそも働けるのに働かないという考えがどうして浮かぶのか理解しがたいものです。普通、人間追い込まれたら働くしか考えつかないのだと思うのですが。働いて稼がなくては住む場所も食べる場所も着る物も買えないんですよ。働かなければその先に待っていることはろくなものでは無いというのは、小学生でも分かることじゃないのでしょうか。
「働き口が見つからない」という理由も私には良く分からないんですよね。働き口、滅茶苦茶ありますよ。求人広告のフリーペーパーを片っ端から集めて全てに募集するくらいのことしてるんですかね? ハローワークに行って「どんな仕事でもやります!」って言ったことあるんですかね? 最低でもそれくらいのことをしてからじゃないと、働き口が無いなんて言ってはいけませんよ。
もう、働いていない人やニートといった情報を耳にするだけで腹立たしい気持ちを正直抑えられません。自分だけが不幸の主人公というつもりなのか、人生そのものを楽観視しすぎているのか。考えを一度問いただしてみたいですよ。
こう熱くなってしまうのは、自分も自分の周りにも苦しい思いをしつつもがんばって生きている人がいることを知っているからです。私たちだって一歩違えば働けるの働かない人間になっていた可能性は0ではありません。でも、なりませんでした。がんばっているからです。だから腹立たしいのです。
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