Archive for 11月, 2012

1日2回のお風呂

月曜日, 11月 26th, 2012

地区放送で「節水にご協力ください」というアナウンスが最近よく行なわれています。今年は雨が少ないようで、水が足りていないようです。

公園の蛇口には立て札がありました。「蛇口の閉め忘れにご注意を」と。これも最近立てられたものです。中には使用禁止になっている場所もありました。公園では水を無駄に使ってしまう子どもがこれまで多く目に付いていましたから、それはそうでしょうね。

川や用水路の水位も明らかに減っていました。酷い用水路では水がちょろちょろと流れる程度でした。普段は泳げるくらいに溜まっている用水路の水の変化を見ると、水不足感を大きく感じることができました。

そんな水不足の状況ですから私も、家では節水を心がけるようになりました。といっても、できることはそう多くもなく、せいぜいこれまで1日2回お風呂に入っていたのを1回にしたくらいです。

私は朝と夜の2回お風呂に入るのがこれまでの日課でした。朝の目覚めと共にお風呂で体を起こし、夜は1日の疲れを取るために。2回お風呂に入らないと、1日元気に過ごせないのです。

今は仕方なく朝のお風呂を削っていますが、やはり元気が出にくくなって困っています。特に午前中に元気がなくて困ります。頭が働かないのです。

正確には、頭はしっかりと働いているのですが、朝もお風呂に入ればもっと頭を働かせられるといったところです。私はやることはちゃっちゃと済ませたい人間なので、いつもより長く仕事に時間がかかってしまうのは、だらけているようで嫌なのです。

どうしても1日2回お風呂に入りたい場合は、朝のお湯を夜までとっておきます。そうすれば水の節約になりますから。でも本当は、毎回綺麗な湯船に浸かりたいので朝夜お湯を変えたいというのが本音です。

シャワーでも駄目なんですよね。シャワーだと、体の内部を温める効果が弱いのです。湯船に使って体の真から温めないと、元気にならないんです。

でも、1日2回もお風呂に入りたいなんていうのは、本当にワガママな欲求なんでしょうね。世の中には1日1回もお風呂に入れない人もいるのですから。

そう考えると、今回の節水を切欠にお風呂のありがたみというのをもっと大きく捉え、必要以上にお風呂に入るという選択を避けるようにしたほうがよいのかもしれませんね。

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雑草の素晴らしさ

土曜日, 11月 24th, 2012

いつも同じところをジョギングしていると、飽きが生じてきてしまうものです。そこで私は時折、あえて田んぼのあぜ道を走ったり草むらを走り抜けてみたりと面白い工夫をしてみたりします。

走りにくいですが、これが結構楽しいのです。車では絶対に通れない道ですから、自分が知っているエリアでも、人の足でなければ進めない場所へと進路をとると、思いがけない発見が成されたりするためです。

「お、こんなところにでるんだ!」「こんなところに池があったのか!」など、新しい発見が出来ると、自分の住んでいる土地はまだまだ知らないところがたくさんあるのだなと考えさせられてしまいます。

休みがあるとみんな車に乗って遠くに出かけてしまうものですが、たまには近くをジョギングやらサイクリングで周ってみるのも悪くないですよ。想像以上に自分の住んでいる土地は面白さを秘めていると絶対に気がつくはずですから。

私はこうやって近所を探索をするのが好きなのですが、探索するたびに1つ問題を生じてしまいます。それは、草むらに入るたびに雑草の種が体中についてしまうことです。

特に脚にはびっしりとついてしまいます。草むらから出ると脚が緑色一色に染まっているなんてことはしょっちゅうです(笑)。大抵の種は手で払えば取れてしまうのですが、中には1つ1つ丹念につままないと取れないというしつこい種もあり、困ってしまいます。

このような雑草の種は厄介なものですが、ある意味感心もしてしまいます。自らの種を広めて生き長らえるために進化したということですから、それは素晴らしいものです。

草たちがそのような進化を辿ったということは、草にも生存本能がしっかりとあるという証拠です。それが働いて、種を第三者に運んでもらうことを考え付いたという事は、自然の神秘です。

人間にはそのような進化は見られません。何か不備が生じれば自らの体ではなく、道具に頼ってしまいますから。そう考えると人間の生存本能というのは、自然の中に生きる生命と比べたら足下にも及ばないことでしょう。

小学生の頃、理科の先生が雑草の素晴らしさについて力説していたことを思い出しました。「雑草のような人間になりなさい」と先生は言っていました。今、その意味がよく理解できます。雑草のようにひたむきに成長しなさいという意味だったんですね。

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久々のジョギングコース

金曜日, 11月 23rd, 2012

運動不足が目立ってきたので再開することにしたジョギング。今日は久しぶりのジョギングウェアを着込み、シューズを履いて、昔よく利用した土手沿いのジョギングコースへとクルマで向かいました。

ジョギングコースは昔より綺麗になっていました。2年前まで利用していた頃は、コースの周りは更地で面白みのない風景でしたが、今ではレンガの花壇やお洒落な柵が建てられており、木や花が植えられていて眺めの良いジョギングコースへと変貌していました。

綺麗な風景の中走るのは気持ちが良いものです。緑というのは特に不思議なリラックス効果がありますからね、走る足どりも心なしか弾んで楽しくなってきます。

しかし走り始めて約3キロほどいくと、ジョギングコースが工事中で途絶えてしまいました。どうやらこの綺麗に変貌したジョギングコースはまだ未完成だったようです。

コース利用者のために迂回路が提示されていました。車の往来が多い国道脇に出てくださいとのことでした。

私はこれが嫌でした。車の脇を走ると排ガスの匂いや走行音が気になってジョギングが楽しく行えないのです。それに、その道は自転車も多いので集中して走ることもできません。

もと来たコースを引き返そうかとも思いましたが、工事地図を見ると、どうやら1キロほど走ればまたジョギングコースが使えるようでした。なので私は、ジョギングコースの迂回路はとらず、逆方向の草が生い茂る中を一旦抜けて川側の土手に下りて走ってみることにしました。

川を真横に捉えてのコースは気持ちが良かったです。背の高い雑草がまばらに密集しているところをみると、滅多に人がここへと降りてはこないことを想像させました。こんな場所まで来る人は釣り人か、私のような人間くらいでしょうから。

草むらを避けながら川に沿って走ること約1キロ。土手を登ってみるとジョギングコースの工事エリアを抜けていました。コースに戻り、走り続け、今日は合計10キロほど走りました。

今日のジョギングで感じた事は2つ。1つ目は、自然の中を走るのは気持ちが良いことです。綺麗に整えられたジョギングコースも良いですが、川沿いの雑草が生茂る中もワクワクして楽しかったです。

2つ目は、やはり整備された道を走るほうが足に優しいということです。楽しかったですが、雑草を避け、凹凸を足に感じながら走った川沿いの道は、想像以上に足に疲労を溜め込んでしまいましたから。

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恐ろしさと美しさは紙一重

水曜日, 11月 21st, 2012

買い物に出かけた途中、土手沿いに作られた公園が真っ赤な花に染められているのが目に入り、つい寄り道してしまいました。

公園を染めていた花は彼岸花。真っ赤で綺麗な放射状の花で、開花時には葉が1つもなくて茎が一本ぴょんと伸びているのが特徴。異質な特徴で普通の花とは違った魅力を秘めていますね。私もつい目を引かれてしまいました。

しかし、名前が彼岸花というだけあり、一面にこの花が広がっている光景をずっと目にしていると、美しさの中に恐ろしさも感じてきてしまいました。多くの人は「綺麗な花ね」と観て周る中、私は恐ろしさの方が気になってしまい、その場を後にしてしまいました。

家に帰ってこの彼岸花を調べてみたのですが、どうやら子のは名の名前の由来は彼岸の時期に咲くからという理由のほかに、強い毒性を持っていることから、死を招く恐ろしい花という意味からも彼岸花と名付けられているそうです。

彼岸花を誤って口にしてしまった場合、吐き気や胃腸の不調があらわれ、最悪麻痺症状を起こして命を落としてしまうとのことです。別名は死人花や地獄花、幽霊花といった名でも呼ばれるくらい、人の死にまつわる花のようです。

そんな恐ろしい花を「綺麗な花ね」と鑑賞するというのは、少々可笑しな風潮だという気さえしてきてしまいました。

人って、こういう恐ろしさと美しさの両方が感じられるものを好むという異質な特徴が結構ありますよね。怖いもの見たさというのにも通じる気がします。

例えば、ジェットコースターやおばけ屋敷なんかがそうです。怖いのになぜか自ら挑むなんて、普通に考えたらありえない行動です。TVの心霊現象番組なんかもそうです。事故映像なんかもつい観てしまいますよね。

こういう人間特有の異質な特徴は、ほどよければ人畜無害であるのですが、行き過ぎるとそれは犯罪行為に発展してしまうものです。それを考えると、恐ろしいもの怖いものを、美しい楽しいといった感情と結びつけるのは、良い風潮では無いような気もしてきます。

まぁ、正常な人間であれば犯罪と犯罪にならない線引きがしっかりとできているものですが、昨今は情報が大量に溢れていてそれが子どもの時分から目に耳にされてしまうものですから、正常な線引きができない人がどんどん増えていると感じられます。

それが今後、犯罪を増やす大きな原因とならなければ良いのですが……。

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用水路を辿って

火曜日, 11月 20th, 2012

今日は休日でした。

天気が良く、家の中で過ごすのは勿体無いので久しぶりにバイクで走ろうかと思い、家を飛び出しました。バイクといっても小さなカブですけれどもね(笑)。

最初は目的もなくふらっと走って道の駅でまったりしようかくらいしか考えていませんでしたが、途中で面白いことを思いつきました。

「用水路沿いを走ってみようか」

走っていて見かけた見沼代用水。埼玉から都内に向けて利根川の水を運ぶ重要な用水路で、これを辿って利根川まで行ったら面白いかもと思ったのです。

ちょっと走るつもりが、思わぬ目的ができてワクワクしてきてしまいました。こんな明確な目的を持って走らせるのは本当に久しぶりでしたから。

用水路を辿るといっても、それは簡単なものではありませんでした。所々走行できない場所もあり、その都度迂回して用水路沿いに戻っての繰り返しでしたから。

途中道に迷ってしまい、急遽コンビニで埼玉県の地図を購入しました。購入した地図で用水路と同じ方向に向かっている道を探しながら走り、気がついたら2時間。ようやく見沼代用水のはじまりである利根大堰に到着しました。

見沼代用水をはじめ、埼玉用水路や葛西用水のはじまりである大きな水門を見た時は思わず感動してしまいました。「ここから自分が住んでる町まで水が運ばれているんだなぁ」と。

理屈では分かっていても、そういうことって普段はなかなか感じることができませんからね、今回なんとなく思いついただけで用水路を辿ってしまいましたが、とても良い経験を得ることができました。

走った道も、車の往来が少ない細い道であったのがまた良かったですね。時にはクルマが通れないほどの道もあり、そのようなところをカブで徐行程度の速度で通るのは気持ちが良かったです。こういうのは小さな二輪特有の醍醐味ですからね。

ただ、50ccのカブではいささか辛かったです(笑)。クルマがほとんど走っていない道であれば問題はありませんが、ちょっとでもクルマが走ってる道に出るともう怖くて怖くて。

カブはカブでも、90ccか110ccくらいの排気量モデルが欲しいなぁと感じてしまった今日でもありました。今後も今日のようなゆるいツーリングを楽しみたいので、乗換えもありかな?

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働けるのに働かない?

土曜日, 11月 17th, 2012

働けるのに働かないという行為は罪となるのか? その答えは罪のようです。それも法律で犯罪行為として認められてしまうようです。

ある男性が数ヶ月間、仕事もせずに収入も無く住居不定の状態でうろついていたところ、軽犯罪法違反で現行犯逮捕されてしまったというのです。逮捕された理由は、誰かや何かに直接的被害を与えたのではなく、自身の生き方が問題となったためです。

昨今は不正な生活保護制度利用なども目立っていることから、今後はこのような厳しい対処が増えていくのかも知れません。今回の逮捕のような働けるのに働かないという行為が犯罪行為として広まれば、不正して楽に生きようという甘すぎる考えを持つ人も、考え改めることにもなるでしょう。

「働け!」と、尻を叩く行為は良いことだと思います。今は「なんとかなるだろう」という考えで生きている人が驚くほど多いですからね。そもそも「なんとかなる」と言ってよいのは、なんとかしようとしている人が言うべきものです。何もしないで言っているのは、単に堕落しているだけです。

そもそも働けるのに働かないという考えがどうして浮かぶのか理解しがたいものです。普通、人間追い込まれたら働くしか考えつかないのだと思うのですが。働いて稼がなくては住む場所も食べる場所も着る物も買えないんですよ。働かなければその先に待っていることはろくなものでは無いというのは、小学生でも分かることじゃないのでしょうか。

「働き口が見つからない」という理由も私には良く分からないんですよね。働き口、滅茶苦茶ありますよ。求人広告のフリーペーパーを片っ端から集めて全てに募集するくらいのことしてるんですかね? ハローワークに行って「どんな仕事でもやります!」って言ったことあるんですかね? 最低でもそれくらいのことをしてからじゃないと、働き口が無いなんて言ってはいけませんよ。

もう、働いていない人やニートといった情報を耳にするだけで腹立たしい気持ちを正直抑えられません。自分だけが不幸の主人公というつもりなのか、人生そのものを楽観視しすぎているのか。考えを一度問いただしてみたいですよ。

こう熱くなってしまうのは、自分も自分の周りにも苦しい思いをしつつもがんばって生きている人がいることを知っているからです。私たちだって一歩違えば働けるの働かない人間になっていた可能性は0ではありません。でも、なりませんでした。がんばっているからです。だから腹立たしいのです。

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二輪の高速料金を値下して欲しい

金曜日, 11月 16th, 2012

ホンダ、ヤマハ、スズキ、カワサキの日本4大二輪メーカーが「二輪の高速料金を値下げすべきだ」と国土交通省に要望したとのことです。多くのライダーにとっては「やっとか!」と思える出来事です。

現在の二輪の高速料金は軽自動車と同じです。しかしこれはどう考えても納得がいかないものです。二輪は軽自動車と比べて乗車人数は少ないです。また、走行に有する面積も少ないことから、路面にダメージを与えにくいといった点からも、軽自動車と同じ料金負担はおかしいとの見方もされています。

4大二輪メーカーの要望が通り、二輪高速料金の値下げが実現すれば、ライダーが高速道路を利用する頻度が増えて各地の地域活性化に繋がるだけでなく、二輪の売れ行きも向上するでしょう。ぜひとも実現してもらいたいものです。

今回要望を出したのは国産4大メーカーだけですが、それにハーレーダビッドソンやBMWといった外車勢も同じく要望を出すに至れば、実現の可能性は大きいでしょうね。国産メーカーだけではどうでしょうか、力及ばずっていう結末がちらついてどうも頼りないです。

最近の国内の二輪状況は外車勢が非常に強いです。高速道路を走ればハーレーやBMWがわんさか走っています。サービスエリアの駐輪場でも、むしろ国産の方が珍しく見えてしまう場合もあるくらいですから。

大型バイクの選択となると、どうしても外車に目が行ってしまう人が多いです。原付二種や車検の無い250ccクラス、バイクデビュー向けの400ccクラスでは、外車よりも国産の方が選択肢が多いのですが、大型バイクとなると、逆に国産よりも外車が目立ってきますからね。

高速道路を快適に走るバイクはやっぱり大型バイクが一番です。排気量が大きいほどスロットルを大きく開く必要も無いので楽ですから。なので、高速料金が値下がりすれば大型バイクの需要は高まるでしょう。そうなれば国産メーカーも今以上に大型バイクの開発に熱が入るでしょう。そうなれば楽しみです。

外車は、いろいろお金がかかります。国産なら外車よりも手はかからずに維持費も安いです。魅力ある国産大型バイクが増えれば、日本人の日本製大型バイク離れを阻止することにも繋がるかもしれませんね。

でも、そうなるとしたら、ハーレーやBMWといった外車勢は高速料金の値下げに反対なのかな? だから要望を出さないのかも。

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ご当地ナンバーの良し悪し

木曜日, 11月 15th, 2012

ご当地ナンバープレートというものをご存知でしょうか? これは原付などの小さなバイクに取り付けるナンバープレートで、その地特有のデザインを施して地域のアピールやイメージアップにつなげようというものです。

しかし、この案は賛否両論で、これまで通りの通常のナンバープレートが望む人もいます。ご当地ナンバープレートを採用している地域では、ほとんどの場合そのような声にこたえるべく通常タイプの選択も用意されているのですが、姫路市では通常ナンバーの選択ができず、多くの苦情を寄せてしまったとのことです。結果、姫路市でも通常ナンバーの選択を行なうようです。

通常ナンバーを望む方の意見としては「ご当地ナンバーは目立つので恥ずかしい」「自分のバイクには不似合い」との声が多いようです。男女の割合としては、男性は懸念しており、女性では「可愛い」と評判の声をあげる人が割合多いようです。

確かに街中でご当地ナンバーを取り付けた車両を見かけると、可愛いと思えることもあれば、ミスマッチに思える車両もあるのが事実です。ナンバープレートをどちらにするか選べるようにしておくことは、当然の行いといえるでしょう。

原付クラスのナンバープレートは、陸運局ではなく、市役所等の管轄です。ですから、中にはマイナーな地名がナンバープレートに刻印されていることも多く、それを確認するのはなかなか面白いものなんですよね。

私は以前、関東のある地名が刻印されたナンバーで原付二種で北海道まで行ったことがあるのですが、あちらの人の反応が面白かったです。「これってどこ?」「あぁ、ここ知ってる!」など、地元の方がナンバープレートの名前を指差して色々と話してくれるのです。良い旅の思い出になりました。

ご当地ナンバーともなれば、きっともっと面白い出会いができたことでしょうね。そういう利用法を考えるとご当地ナンバーはナイスなアイデアだと感心できます。しかし、日常の足として利用する場合、ご当地ナンバーだったら私は嫌ですね。恥ずかしくて乗りたくないなと思ってしまいます(笑)。

人によっては、原付や原付二種で遠くまでツーリングに行くという人もいるでしょう。そんな人はご当地ナンバーの方が面白いツーリングが出来ると思いますよ。どんなカスタムより注目の的になりますからね(笑)。

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TV番組の打ち切り

木曜日, 11月 15th, 2012

タレントやお笑い芸人にとって大きな収入の元となるのがTV番組のレギュラー。ですから、番組の終了や降板という知らせを受けるのは本人にとって大打撃となる出来事です。

お笑いコンビの「さまぁ~ず」は、フジテレビの番組改変期に3番組も終了候補に上がってしまったとのことで、さまぁ~ずの担当事務所であるホリプロも重大な出来事だと懸念しているとのことです。1本でも大事だというのに、同時期に3本もとなれば、収入が大幅に下がる事は明らかですからね。

さまぁ~ずといえば、バカルディの低迷時期が嘘のような大活躍を続け、今では「モヤモヤさまぁ~ず」や「さまぁ~ず×さまぁ~ず」といった大人気番組を持つ人気ベテランお笑いコンビ。ですが今回のようなレギュラー番組の一挙終了という話題を聞くと、人気に陰りが生じたのではないかと、ファンとしては心配になってしまいます。

最近はタレントやお笑い芸人の不祥事が取り立たされることが多く、長寿番組でも視聴率が高い番組でも急に打ち切りになることも珍しくない状態です。しかし、さまぁ~ずといえば、温厚な活動を続けており、不祥事とは無縁の芸能活動を送っています。そのような彼らが世間からの圧力で活動が狭まられているとは、到底考えられません。ますます理由が気になってしまいます。

番組の打ち切りと聞くと、残念な出来事にも思えますが、ある意味さまぁ~ずにとっては少し活動を抑えたほうが良いのかもと、ファンの1人としては思います。

昨今のさまぁ~ずといえば、数多くの人気番組のレギュラーにより多忙な生活を行なっていました。さらに忙しいTV番組の傍らで、自らのライフワークである「さまぁ~ずライブ」もファンの為に取り組んでいます。いくら稼ぎ時とはいえ、働きすぎで体を壊されては大変だと、心配でもありました。

そろそろさまぁ~ずも落ち着いてよい時期なのではという考えもあります。若手や中堅芸人はたくさんいることですから、自分たちは質の高いレギュラー番組だけに精力的になり、他は、これからの人に席を譲るというスタイルも持つべき時期なのかもしれません。

そのような考え方をすると、今回のような一部のレギュラー番組の終了は決して悪くない兆しなのではとも見ることができます。ファンからしても、イマイチの番組をいくつも観るよりも、面白い番組を1つ2つ観続けることができる方が、嬉しいことですからね。

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絵画の価値って一体

木曜日, 11月 15th, 2012

時々フリーマーケットやネットオークションでもの凄く価値のあるものが驚くべき価格で得られていることがあります。価値を理解している人にとってはラッキーな出会いというものです。

アメリカのフリーマーケットではなんと、フランス印象派の画家、ルノアールの作品が出店されていたとの事です。その作品は長い間行方不明とされていた作品であり、額縁にルノアールという名前を見つけたことが発見に繋がったとのことです。

鑑定が行なわれたルノアールの絵画はオークションにかけられることとなり、価格は10万ドルにまで上がるだろうとのことです。日本円だと、800万円くらいですね。びっくり価格です。

ちなみに、フリーマーケットでルノアールの絵画を購入した方は、額縁目当てで絵画事態には目を向けていなかった模様です。気がつかずに絵を破棄してしまわなかったことは、本当に幸いでしたね。

しかし、額縁の名前で気がついたというのは、ルノアールにとっては少々残念なことでしょうね。絵を見て気がついたんじゃないのかと(笑)。ある意味画家泣かせな出来事であります。

でも無理も無いといえば無理も無い気もします。私だって、名画を見せられたって「?」と思ってしまう事は多々ありますから。正直「どこが凄いの?」と感じてしまうこともたくさんです。

ピカソのような抽象画は凄いと思います。あの手の作品は描こうと思っても描けないものですからね。そのような作品と違い、いわゆる普通の風景画や人物画はいまいちどこが凄いのか、凄くないのかが分かりません。上手いことはわかるんですけれども、それが何百万、何千万と言われても、ピンときません。

玄人には上手いだけでなく味が絵画から伝わってくるんでしょうかね? それともオーラのようなものが発せられているんでしょうか? 上手いだけでいえば、現代美術の絵画の方が圧倒的にレベルは上だと思いますし……。

あれですかね、歴史的価値というものが加わっているからなのかな? 何十年、何百年も前に描かれた絵画という見方をすれば、確かに価値も理解できます。

でも、そのような作品があるべきところは美術館がいいところ。特別欲しいとまでは思えない代物です。もし部屋に絵を飾るとしたら、びっくりする位高い絵よりも、大好きなポスターを額縁に入れて飾る方を選びます。

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